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歴史

火星視聴建物正門姿

華城は、1794年(正祖18年)正祖が水原府邑治と顕隆園を護衛する城郭の土地を見回りながら莊子の華人祝聖という故事を思い浮かべ、付けた名前である。故事が強調するものは即ち、富や長寿、多子などの世俗的願望を與民同楽(王が民と共に楽しむ事)するというものである。従って、華城と称したのはこの土地が豊饒の地となるようにと願っての事であったと理解する事ができる。

歴史 リスト
三韓時代 馬韓の54の小国の内、3国が位置している
高句麗時代 唐城郡と買忽郡に編制
757年 新羅の景德王16年、唐恩郡(唐城郡)、水城郡(買忽郡)に改編
940年 高麗太祖23年、唐城郡と水州に改編
1413年 朝鮮太宗13年、南陽都護府、水原都護府設置
1793年 正祖17年、水原都護府を華城留守府に昇格
1895年 朝鮮高宗32年、南陽郡、水原郡に改編(水原郡の9の面を南陽郡に移属)
1914.03.01 南陽郡と水原郡を水原郡に統合(島嶼除く)
1949.08.15 華城郡に改編、水原邑は市に昇格、分離
1989.01.01 烏山邑が烏山市に昇格、分離(1邑15面)
2000.11.01 郡庁舎及び議会庁舎新築移転(現:南陽洞)
2001.03.21 華城郡が華城市に昇格
南陽面が南陽洞に転換(2邑12面1洞)、東部出張所設置